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高松家庭裁判所 昭和34年(家)607号 審判

申立人 石田キミコ(仮名)

事件本人 池山正夫(仮名)

主文

事件本人池山正夫が昭和十九年二月善通寺山砲隊に入隊するに際し申立人およびその夫亡石田幸彦の養子となる縁組の届出を申立人に委託したことを確認する。

理由

申立人は「事件本人池山正夫が申立人及びその夫亡石田幸彦の養子となる縁組の届出を申立人に委託した」ものであることの確認を求めその理由の要旨とするところは、申立人は事件本人亡池山正夫の実母であるが、右正夫の五才の時、これを連子として石田幸彦(昭和三十二年十一月八日死亡)と事実上の婚姻し、昭和九年一月二十日その届出を了した。そして右正夫は幸彦の事実上の養子として育てられたが、昭和十九年二月一日善通寺山砲隊に応召入隊し直ちに満州方面に出動したが、右入隊当時申立人に対し、右幸彦と申立人の養子として縁組の届出をなすことを委託した。然るに、右正夫は昭和二十一年七月十八日朝鮮咸鏡北道古茂山病院で死亡した。(尤もこれより先き幸彦は正夫が終戦になつても帰還しないので、幸彦と申立人キミコは昭和二十六年二月八日正夫と養子縁組届出を了したところ、正夫はこれより先き昭和二十一年七月十八日前記のように朝鮮において死亡していたことが判明したので本件申立人キミコの申立により右縁組の無効を理由とする戸籍訂正許可の審判を得、昭和三十五年四月二十七日右の養子縁組事項は消除せられるにいたつた)右の次第で前記の縁組届出委託の事実は真実であるから、その確認をえたいというのである。

よつて考えてみるに、およそ配偶者のある者は夫婦間の平和ならびに一家の秩序維持のため配偶者と共にしなければ養子縁組をすることができないがこの点に関する民法第七九五条本文旧民法第八四一条第一項の規定は配偶者の生存する場合であつて本件の如く縁組届出の委託者の死亡後配偶者の死亡した場合の縁組届出には適用なく民法第七九六条旧民法第八四二条所定の夫婦の一方がその意思を表示することができない場合に準じ、他の一方が双方の名義で縁組することができるものと解するを相当とする。

何故なればかく解釈しなければ戦死者の生前の意思の尊重、身分関係の形成の確保ならびに遺族援護の実を挙げることを目的として制定された昭和十五年法律第四号「委託又ハ郵便ニ依ル戸籍届出ニ関スル件」の立法精神は死亡という不可避の事実の発生によつて消滅するの不都合を生ずることになるであろうからである。それ故、本件において石田幸彦が死亡したからといつて、このために縁組の成立を否定すべきではなくその意思を表示することができないときと同様の手続により生存配偶者たる申立人が夫婦双方の名義をもつて縁組の届出をすることが許されるものと解するところ、本件記録ならびに添付の当庁昭和三十四年(家)第六〇六号戸籍訂正許可審判事件にあらわれたすべての資料によれば事件本人池山正夫は申立人の主張するとおり、正夫が昭和十九年二月入隊するにあたり、申立人夫婦の養子となる縁組の手続をなされることの意思の表示を申立人らに表明したことが認められるからこれをもつて昭和十五年法律第四号(委託又ハ郵便ニヨル戸籍届出ニ関スル件)第一条所定の戸籍届出の委託をしたものというべきである。

よつて本件養子縁組の届出の委託を認容することとし主文のとおり審判する。

(家事審判官 萩原敏一)

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